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2012 05 07 「Discover Japan」誌上で対談

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昨日発売の「Discover Japan」で,高崎のモダニズム建築の特集が組まている.
誌面上には,小阿瀬さん,植木さん,太田さん,そして私の4人の建築対談が綴られている.
語るは,レーモンド設計の高崎音楽センター,ブルーノタウトが暮らした洗心亭,そしてかつての井上房一郎の自邸である高崎哲学堂.

建築は,時代の要求を満たす性能を備えて生まれてくる.やがて,時間が経ち,社会が変化し,技術が進化すると,時代相応のスペックを満たせなる.現在の音楽センターがそうだ.
相思相愛の関係であった群馬交響楽団と音楽センターの間にもいつしか齟齬は生じ,やがて別れの時が来るかもしれない.

置いてきぼりになる音楽センターのことを,考えてみる.
建築から本来の機能をはぎ取り,標本のように保存するのは悲しい.かと言って,あの場所から消えるのは寂しい.それは個人的な思い入れというより,音楽センターが既にこの街の個性となっているためだ.地方都市は,ダイナミックな大都市にも,雰囲気が残る田舎にもなれず,凡庸な風景を量産しがちだ.日本中どこにでもあるような街の,数少ないアイデンティティとして重要である.
私たち市民は,あの場所や形態や素材に,自らの記憶を重ね合わせることが出来る.それは,東京にとってのスカイツリー,京都にとっての清水寺,大阪にとっての通天閣のような,その場所で暮らす人にとって,いつも隣にある存在.人と町と建物が繋がっている姿.

例え機能は変われど音楽センターを使い続けたい.それは野外音楽堂のような役割か,無柱の展示会場か,あるいは公園にかかる大屋根の遺跡のような姿かもしれない.それを私たちは考える.