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2012 01 05 多様性

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仕事が始まり,今年考えたいことをスタッフに話した.
それは「多様性」について.

多様性,たくさんの性質の異なるものが同時に存在する状態,に興味がある.
昨年の後半より,少しはっきりしてきた.

今までの日記で,自然と人工とか,自分自身と環境とか,二つのものの間にある関係性について書いた.
だが,綺麗に二つに分けることは本当は難しい.
自己の内側と外側を分ける,この体の皮膚のように,明らかな境界面があれば理解しやすい.しかし,多くのものごとは,いろんな階層にありバランスを保ちながら同時に存在するから,それをカテゴリ分けするにはどうしても少しの乱暴さが伴い,心苦しいときがある.

それと似た感覚が仕事にある.
自分の設計方法は,まず沢山の可能性を挙げて,それらを様々な視点で整理し,また可能性を挙げ,整理し,を繰り返しながら答えを絞る.例え蛇口一つ選ぶとも,理由を挙げて一つ以外の選択肢を排除する.
一つしか選べないから仕方ないが,本当は幾つもの選択肢を残したまま決着したいこともある.

天神山のアトリエの東の大窓から道路を眺めていると,いろいろな車が北に南に通り過ぎてゆく.綺麗な車,小さい車,日本の車,フランスの車,黒い車,赤い車,たまにオートバイ,自転車,犬と人,そしてまた違う綺麗な車.ただ窓から外を見るだけだが,いろんな種類の車が見れて素晴らしい.あれに乗りたい,これにも乗りたい.自然現象も,国も,職業も,服も,食べ物も,人も,なにもかも,様々なものが同時に成り立ち,移り変わる状態が,当たり前のように身の回りにある.これを自由な風景と言おうか.

建築について.
今までの自分たちの作品に,ある傾向があることは否定しない.順を追って見れば,作ってきたものは繋がっている.だが,自らの考えと違う建築と共存する楽しみもある.比べるのでなくて並存する豊かさに惹かれる.排他的な考え方は嫌いだ.

なぜ,やおよろずの世界観を肯定したいのだろう.
天神山が出来るまでは,自分たちの事務所内という密室状態で悶々と考えていた.天神山に移ってから,様々な考えに接する機会が増し,自分たちの位置を確認しはじめた.情報が増え,選択自体が億劫になったのか,案を葬り続ける感覚が手に残るのが苦しいか.いや否定ではない.モラトリアムに戻るでもない.

多種多様な状態に身を置く心地良さを,きちんと表現したい.
そのために自分たちは,多種の中の一種となることを志向するか,多種を容れる大きなすり鉢のような状態それ自体を作りたいか.ある程度の範囲を持った「系」を手がかりとするか,また別のアプローチがあるのか.

そのあたりを今年は考える.
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