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2011 11 14 10年後を想像しながら建築をつくるとしたら

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先週の土曜に,前橋工科大学の建築サークルのレセプションで投げかけたこと.
「10年後を想像しながら建築をつくるとしたら」について考えてみた.

たとえばウイスキーのように,未来の豊かさを想像しながら建築を考えるとする.何度も巡る季節は,建築の壁や床にその時間の長さを刻む.刻々と変わる自然現象,植物の生長,社会の変化,そして建築を使う人の移り変わり.10年後の姿を想像することは,10年間の移ろいの風景に思いを馳せることに他ならない.

建築を作る立場にあると,どうしても建築を特別扱いしたくなる.絶えず変化する自然や人や都市を浮かび上がらせるための絶対的な存在として,背景の役割を建築に求めてしまう.ウイスキーが歳月を経て芳醇さを増す生物のようなものだとすると,建築はそれを醸造するための樽かもしれない.自らは姿を変えることなく,その中で時間を掛けて進む化学反応をただただ見守る静けさが欲しい.

樽も経年劣化が激しかったり余分な成分が溶け出すようでは,その役割を果たすことが出来ない.10年たっても20年たっても変わらない,しっかりとした品質を持つように工夫されて生まれてくる.そんな樽のようであったなら,建築は地となり,図を引き立たせてゆくことができる.

では,背景としての表現にはどのようなものがあるだろう.虚飾を排したミニマルなものか,透明な姿なのか,あるいはとても一般的なアノニマスな建物なのか.時間を経てエイジングされた表面には,過去を逆算しておもんばかるきっかけが宿っている.そんな建築こそが背景にふさわしいのか.

答えは分からない.
でも,きっとそれはウイスキーの銘柄が違えば樽の木材が変わるように,人と場所によって答えは幾つもあるのだと思う.新しい仕事のたびに敷地条件やプログラムは変化し,それに合わせて素材,構造,図式は無限に用意される.そこから一つの答えを探す場合,素材や構造や図式といった手法を目的化することなく,生みだされた空間でどんな風景が移ろっていくのかを想像しながら動的なものごとと正直に向き合うことが,長い年月を相手にしながら設計することなのだと思う.そんな設計をしてゆきたい.

写真は10月の宮城ニッカウイスキー訪問時のもの.
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